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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)3260号 判決

原告 和田好治

被告 株式会社日本勧業

主文

被告は原告に対し金十三万九千円およびこれに対する昭和二十九年三月十七日から完済まで年五分の金員の支払をせよ。

訴訟費用は、被告の負担とする。

この判決は、金三万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決および仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、「原告は、被告の募集する一口の金額三万円、毎日金百円ずつ払込、払込回数三百回なる定の日掛貯金に五口加入し、昭和二十八年五月一日から昭和二十九年二月八日までに合計金十三万九千円を払い込んだ。原告は、その後の払込をすることができなかつたが、同年二月末日をもつて払込期間が満了したので、右払込金の返還を請求することができることとなつた。そこで原告は、被告に対し右払込金すなわち原告が被告に消費寄託した金十三万九千円およびこれに対する返還期日の後で本件支払命令送達の翌日である昭和二十九年三月十七日から完済まで民法に定める年五分の遅延損害金の支払を請求する。」と述べた。〈証拠省略〉

被告代表者は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、「原告主張の請求原因事実は、原告から被告に対してなされた金員の払込が消費寄託にあたるとの点を除きすべて認める。原告が被告に対し原告主張のごとく金十三万九千円を払い込んだのは、原告において被告の株式三百株を取得するため、その代金十五万円を日掛で払い込む約定に基いてその一部を支払つたものである。従つて原告は被告に対し右払込金の返還を請求し得べきものではない。」と述べた。〈証拠省略〉

理由

一、原告主張の請求原因事実は、その主張の金員の払込が原告から被告に対する消費寄託にあたるとの点を除いて当事者間に争がない。

二、されば本件における争点は、右金員の払込が原告の主張するとおり消費寄託と解せられるかまたは被告の主張するごとく株式取得代金の支払と認められるかの一点に存するものというべく、そこで以下においてその点について判断することとする。

(一)  成立に争のない甲第一号証から第三号証によると、次のような事実を認めることができる。すなわち、被告は、一般に株主相互金融と称せられる方法により貸金業を営むものであつて、大略左に述べるような方式に従つてその業務を運営して来たものである。被告は、その株主に限つて融資をするが、その株主で融資を受けない者には年一割八分以上の優待金の支払をする。被告の株主になろうとする者は、株式申込書なる書面を被告に提出し、日掛または月掛の方法で株式申込証拠金を払い込み、その完了をまつて証拠金領収証または株券を交付する。株主がその株式の譲渡を希望するときは何時でも被告においてその額面金額で譲渡の斡旋をする。

(二)  証人和田せんの証言によると、原告は、被告の従業員である訴外内海国次の勧誘に基いて、被告に対し原告主張のような払込をするに至つたことおよび前掲甲第一号証は、原告が訴外内海国次から上述のように勧誘を受けた際同人から渡された被告の営業案内書であり、前掲甲第二号証は、原告が被告に日掛で払い込んだ金員の領収を証するため被告から発行を受けた通帳であることが認められ、右甲号証には前述のような被告の営業方針が記載されている。

(三)  叙上(一)および(二)に認定したような事実から考えるときは、原告は、形式上は一応被告の株式を取得するため前示のような払込をしたものと解するのが相当である。証人和田せんの証言中には、この認定に牴触するような趣旨の証言が存するが、にわかに措信し難く、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

(四)  ところで先に認定した被告の経営する株主相互金融なる業務方式には、法律上幾多の疑問が提示されるのである。今これを例記すれば、(イ)まず第一に、被告は、その株式譲受申込人が申込証拠金を完済した場合に株券を交付し、また株式譲渡を希望する株主のためにその斡旋をするものとしているが、前者の場合に交付すべき株券を如何にして被告は調達するのであるか。さらに後者の場合においては、譲渡の斡旋は何時でもこれを行うというが、しかし容易に譲受人を発見し得るであろうか。一方において株式の取得を欲する者と他方において株式の譲渡を望む者とがその株式数において相対応して見付かれば問題は解消するであろうが、さようなことは稀にしか起り得ないことは想像するに難くないところである。そこでこれに対処するために株式相互金融においては一般に次のような手段が講ぜられるのである。すなわちかかる金融を行う株式会社は、その設立または増資に際して発行する株式のうちから相当数を株式譲受の申込があつたときの需要に応じ得るために、会社の役員個人あるいはその緑故者等会社と特殊の関係にある者の名義をもつてあらかじめ保有しておく(これは公知の事実である。)のであるが、かようなことは、会社の自己株式取得の禁止を潜脱する虞なしとしないのである。さらに株式の譲渡により直ちに出資の回収を望む者のためには、その株式を前述のような特殊の者の名義で一時譲り受けたこととして会社からその譲渡人に譲渡代金を支払うかまたは譲渡の斡旋が成立して譲受人から代金が完納されるまで会社において一時立替払をしておく形式をとる等の外ないこととなるであろうが、前の場合は前同様の禁止に触れる嫌がなくはなく、後の場合も極めて不自然不合理の観を免れないのである。(ロ)次に被告においては、株式譲受申込人のため申込証拠金の割賦支払の便法を講じているが、これは株金の全額一時払を命ずる法律の規定に抵触することはないか。

(五)  かようにみて来ると、被告がその経営にかかる株主相互金融を遂行するために、被告から金融を得または優待金の支払を受けんがために株式の申込をさせるものとすることは、被告において殊更に形式を整えたに過ぎず、その実体は、広く大衆から被告の事業資金を調達するための方便に出たものと解すべきであり、実体がさようなものであるからこそ被告の整える形式にもかかわらず、形式が実体を蔽い切れないで、前述したような種々の法律上の疑点や不合理性がはしなくもかように露呈されるものと考えられるのである。

(六)  さらに前掲甲第二号証を検するに、その体裁は世上日掛預金の場合に使用される通帳に極めて類似したものであり、かつ証人和田せんの証言によると、原告が訴外内海国次の勧誘によつて被告に日掛払込をすることになつた際、訴外内海国次は、右払込によつて原告が被告の株主となるものであることについては特に説明を試みたことはなく、払込金に対して一般の預金よりも高率の利息が支払われることに勧誘の重点をおき、原告も被告の株式を取得するなどということはほとんど念頭になく、当時返済しなければならない約金十二万円の借入金債務があつたため、日掛でその弁済資金を調達し得ることに心が動いた結果、被告に日掛貯金をするような気持で訴外内海国次の勧誘に応じたことが認められ、右認定を左右する証拠は見出されない。

叙上(一)から(六)までに判示したところを彼此考え合わせるときは、原告から被告に対する前示払込の実体は、原告の被告に対する金銭消費寄託にあつたものと解するのが相当である。

三、してみると原告が被告に消費寄託にかかる合計金十三万九千円およびこれに対する本件支払命令送達の翌日であることが記録に徴して明らかである昭和二十九年三月十七日から完済まで民法に定める年五分の遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は理由があるものというべく、よつてこれを認容すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条第一項を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 桑原正憲)

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